調所 広郷

 調所広郷に関する情報を掲載しています。

概要

 調所広郷は、江戸時代の薩摩藩の藩臣です。

 藩財政が逼迫する中、巨額の藩債の処理を行ったり、甘蔗(さとうきび)の独占販売などを行うことで、薩摩藩に莫大な利益をもたらしました。

 この結果、薩摩藩は備蓄金の蓄積にも成功し、明治維新に当たっての軍制改革を行うことが可能と言われています。
 どうしても、江戸時代末期から明治維新にかけては、西郷隆盛や大久保利通がクローズアップされますが、薩摩藩が雄藩となり、明治維新で活躍できたのは、調所広郷の功績は非常に大きいものがあります。

名 前 調所広郷
読み方 ずしょ ひろさと
生没年 1776年(安永5年)~1849年(嘉永元年)
出身地 鹿児島県

ゆかり

 調所広郷に関係するゆかりの場所や関係する施設などを掲載しています。

調所広郷の招魂墓

 調所広郷の招魂墓です。

icon-tomb調所広郷の招魂墓(鹿児島県日置市東市来町美山)

調所広郷邸跡

 調所広郷邸跡です。

icon-monument調所広郷邸跡(鹿児島県鹿児島市平之町)

調所広郷銅像

 調所広郷の銅像です。

icon-statue調所広郷銅像(鹿児島県鹿児島市天保山町)

年表

 調所広郷に関する年表・年譜です。

西暦(年号) 年齢 出来事
1776年
(安永5年)
1歳 城下士・川崎主右衛門基明(兼高)の息子として薩摩で誕生
1787年
(天明7年)
12歳 父・川崎主右衛門基明が死去
1788年
(天明8年)
13歳 城下士・調所清悦の養子となる
1798年
(慶応3年)
24歳 江戸へ出府。隠居中の前薩摩藩主・島津重豪に登用
1828年
(文政11年)
53歳 財政改革を命じられる
1830年
(天保元年)
55歳 島津重豪から、財政に関し三ヶ条を命じられる
1832年
(天保3年)
57歳 家老格となる
1833年
(天保4年)
58歳 島津重豪が死去
1838年
(天保9年)
63歳 家老となる
1848年
(嘉永元年)
74歳 江戸に出仕し、幕府老中・阿部正弘に密貿易の件を糾問さ
12月 薩摩藩上屋敷芝藩邸にて急死

参考

icon-book大石慎三郎『江戸時代人づくり風土記―ふるさとの人と知恵〈46〉鹿児島』

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